運行再開



2005年6月19日より、福知山線の運行が再開されることになりました。

乗れるだろうか?

直近の土曜日に病院を訪れ、再びお薬を処方してもらい、
何とか乗り切る体制は整えたものの、不安でいっぱいでした。


そして久しぶりの乗車・・・。


事故現場は福知山方面から大阪に向けて走ると、
最初の大きなカーブに差し掛かるところで、
キキキキキーと車輪が大きな音を立てるため、
目をつぶっていても分かります。


ああ、もうすぐ事故現場だ・・・。


嫌でも目の前に突きつけられる現実・・・。


電車はゆっくり事故現場の横を通りました。


後から知ったことだけど、
事故後、問題のカーブ地点では速度を大幅に落として運行することになったのだそうです。


事故のあったあのカーブ・・・。


涙が溢れました。
手を合わせ、なくなった方のご冥福をお祈りしながら泣きました。
私以外にも手を合わせている人はたくさんいて、泣いている人もいました。
車内は異様な雰囲気に包まれていました。


本当に事故はあったんだ・・・。


現場には痛々しい事故の爪あとがここかしこに残っていました。

えぐられた地面。
マンションについた傷跡。
手向けられた花々。

それらすべてが事故の悲惨さを物語っていました。
事故は本当に起こったのです。
改めてその事実を目の前に突き出された瞬間でした。

しーちゃんの家からは比較的阪急の駅も近かったことから、阪急への乗り換えも考えました。
でもJRに乗りつづけなければならないと思っていました。
乗りつづけなければ一生乗れなくなるという思いもありましたし、
なくなった方々への冒涜のような気がしていました。
同じような理由から、処方されたお薬も飲まなくなりました。
お薬に頼ることで、現実から目をそらしているような気がしたのです。
事故と真正面から向き合い、受け入れられる自分にならなければと思っていました。


運行が再開されたことで、通常時間で出勤できるようになりました。
それで身体的負担は大分軽くなりました。

いつもの時間。
いつもの電車。

しーちゃんに日常が戻ってきたかに思えました。
でも決して事故前の日常には戻れなかったのです。


失われたたくさんの命・・・。


涙なしに電車に乗ることはできませんでした。

辛く苦しい通勤。

時刻表にはしーちゃんが乗る電車の時刻が記されています。
その時刻が大きなスクリーンに映し出されたかのように目の前に大きく見える、
という不思議な体験もしました。


電車に乗るということをこれほどまでに意識したことは未だかつてないことでした。


あの電車に乗らなければならない・・・。


そんな思いが常にまとわりついていました。


病院の先生は

「お薬を飲んで様子を見てみましょう。
また苦しくなったら通院を再開することにしましょう」

とおっしゃっていました。
またこうもおっしゃいました。

「事故の辛い記憶も
時間が経てば少しずつ普通の記憶と同じようになっていくから・・・」


信頼する先生の言葉を私は信じることにしました。
時間がかかるかもしれないけれど、
私はきっと事故の辛い記憶を乗り越え、
受け入れられるときが来る。
それまでがんばろう・・・。


そうして一旦治療は打ち切ることになったのです。


不安がなかったといったら嘘になります。
でも、先生の言葉が私の励みになりました。
そして、もし何かあったときは先生に診てもらえる、
という安心感もありました。


きっとまた元の私に戻れる・・・


私はそう信じることにしたのです。






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