減薬


先生が「回復」という言葉を口にされてから、
少しずつ減薬していきました。

1ヶ月に1度の診察。

その度に、ひとつ、またひとつと減薬していきました。
お薬を減らしても、症状が悪化することはなく、
病気はすっかり治ったかのようでした。

そして最後に残ったジプレキサ。

先生曰く、ジプレキサを飲み始めてから症状が劇的に回復したのだそうです。
そのためか、他のお薬よりも慎重に、慎重に減薬していきました。

最低用量の2.5mgとなったときも、私は元気でした。

このままなら完全に飲まなくなっても大丈夫。

そう思っていました。

2009年5月初旬。

とうとうその日はやってきました。
その日の診察で、ジプレキサも止めることにしたのです。
先生は少し迷われていたようでしたが、

「止めてみないことにはどうなるか分からないしなぁ。」

と、思い切られたようです。

私は天にも昇る気持ちでした。

このとき私は30代。結婚5年目。
そろそろ赤ちゃんが欲しいと思っていました。

リスパダールを止めてから、生理も順調に来るようになり、体の準備も万端。
あとはお薬が完全に体から抜けるのを待つだけのはずだったのですが・・・。

お薬を止めた次の日から変化が起きました。
睡眠時間が短くなったのです。

飲んでいた頃は1日9時間寝ないと辛いという状態だったのが、
止めた途端、7時間ほどで目覚めるようになりました。
かなりスッキリした目覚めで、お昼寝も不要。

今までお薬のせいで眠くなってた分、普通に戻ったのかな?

と思いました。

しかし、日を追うにつれて、睡眠時間はどんどん短くなっていきました。
1日4,5時間眠れればよい方。
しかも頻繁に中途覚醒します。

眠ったか、眠れないかも分からないうちに目が覚める。

それでも私は特に異常だとは思いませんでした。
うつになる前にも眠れないことは時々ありましたし、
何より日中眠くなったり、しんどくなったりすることがなかったのです。

「ナポレオンみたいな体になった!」

と、むしろ喜んでいました。


でも・・・。


一番側で私を見ていたあきさんはとても心配していました。
毎日朝早く起きだしてゴソゴソしている私を見て、

「今日も眠れなかったの?大丈夫?」

と何度も何度も聞いてくれました。

でも、私は「平気だよ。全然眠くならない。」と、
全く気にしていなかったのです。

ジプレキサを止めて3日くらいした頃から、
ひどいめまいと吐き気に襲われるようになりました。
ずっと小さなお舟に乗っているような感じ。

ジプレキサの離脱症状を疑って、
一応病院の先生に電話しましたが、
ジプレキサは離脱症状のほとんどないお薬なのだそう。

ならばきっと内科的な問題に違いない、と思い、
近くの診療所に行ったりもしました。

そこで発熱していることが発覚。

37.5度くらいの微熱があったのです。
解熱剤が処方され、3日ほど飲みましたが、
飲んでしばらくは一時的に改善されるものの、
お薬の効果が切れるとまた発熱、という状態でした。

それでも私は特に気にしませんでした。
発熱していることにも気づかないくらい元気だったし、
眠らなくても平気なのです。
むしろ頭は冴え冴えとし、
いつもより仕事がはかどっているような気さえしました。

ただ、めまいと吐き気には困りました。
日を追うごとにひどくなり、パソコンを見るのも辛くなっていったのです。
さすがにこれはマズイと思いました。
あきさんと母マリコに

「睡眠不足が原因かもしれないよ。一度病院に行きなさい。」

と言われ、渋々いつもの病院を受診することにしたのです。

前回の診察からちょうど2週間後、受診。

先生の顔を見ると、なぜだか涙が溢れました。
訳の分からない涙でした。
心には喜びも悲しみもありません。
何の感情もないのに、ただただ涙が流れました。

先生曰く、眠れていないのはとても問題なのだそうです。
本人にしんどさや眠さといった自覚症状のないことがもっと問題なのだとか。
微熱が続いているのは過覚醒・過活動の可能性があるとのことでした。

ジプレキサには離脱症状がほとんどないことから、
ウツの悪化も考えられるそう・・・。

とてもとても残念だったけれど、ジプレキサを再開することになりました。
妊娠・出産の夢は遠のいてしまったのです。

最後まで再開したがらなかった私に、先生はこう諭されました。

「お母さんが元気じゃないとね。もう少し頑張りましょう。」

このひと言で、私は再服用を決意したのです。






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