二度目の復職


絶望にも似た思いで毎日を過ごしていました。
どうやって生きていったらいいのか分かりませんでした。
呼吸することすらも
どうやって今まで自然にしていたのか分からなくなっていました。


毎日が辛くて苦しい。


そんなとき、再びあるメールに目が留まりました。
某大手製薬会社での派遣のお仕事。
翻訳業務が主になります。


私はその仕事に飛びつきました。


今の自分を変えたい。
生きている意味を今度こそ見つけたい。


そんな思いでした。


幸い、かつて製薬企業での経験があったことから、
すぐに採用が決まりました。
嬉しくて、家族や友達にたくさんメールを送ったりしました。


病院の先生には事後報告でした。
もし言えば、必ず反対されるだろうと思ったからです。
私の報告を聞いた先生はとてもびっくりして、
くれぐれも無理はしないように、
とおっしゃいました。


先生はいつも同じことを言う・・・。


私はそのくらいにしか受け止めていませんでした。


馬鹿ですね。
自分の病状が完全に回復していないということに、
まだ私は気づけずにいました。
先生のおっしゃるとおりにしていれば、
もっと早く回復していただろうと今は思います。


仕事は順調でした。
電車も以前に比べると普通に乗れるようになってきました。
1,2両目は乗れませんでしたが、
快速電車に乗れるようになりました。
そこそこに暇で、そこそに忙しくて、
上手く息を抜きながらお仕事することができました。

ちょうどいい感じだなぁ。

と思いながら毎日を過ごしました。

仲のよい同僚もできました。
以前の派遣先では、女性が少なく、
あまり一緒にお昼ご飯を食べたりすることもなかったのですが、
今回の職場では毎日一緒にご飯を食べ、世間話をし、
楽しい毎日を過ごすことができました。

仕事をしていない間、
毎日あきさん以外の人と話すことのなかった私にとって、
それは天国のような環境でした。

病院に電話することも少なくなりました。
確実に回復傾向にはあったのだと思います。


私はきっと大丈夫・・・。

もうすぐ事故から2度目の春がやってこようとしていました。






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