退職


2006年9月。
予定していたよりも3ヶ月早く翻訳が仕上がったことから、
期間満了ということで仕事を退職することになりました。
派遣ならではの退職だと思います。

仕事を始めてから7ヶ月。

「大丈夫」と自分に言い聞かせてきたものの、
やはり電車に乗るのは辛く、
結局慣れることはありませんでした。

仕事内容は大好きな翻訳のお仕事だったけれど、
何か漠然とした不安感は消えず、
仕事中に病院へ電話することもしばしばでした。


目に見えない焦りと、不安。


仕事を始めれば収まると思っていたけれど、
結局癒されることはありませんでした。



またヒマな毎日が戻ってきました。
家でテレビを見たり、パソコンをするだけの毎日。

病院の先生は
「ゆっくりされることが一番ですよ」
とおっしゃり、
退職した私にほっとされていたようでした。



でも・・・。



私は退職したことで、
もっと強い焦りと不安を感じるようになっていったのです。



何かしなければ。
今のままじゃいけない。



脅迫にも似た思いでした。


そんなときふと思いついたのが、翻訳学校のこと。
休学扱いになっていたため、
復学しようかという気になったのです。

その学校は厳しいことで知られている学校でした。
宿題の量、授業の質。
どれをとっても他の学校に比べ厳しいものです。

でも、私はプロの翻訳家になるための足がかりとして、
復学することを決意しました。


正直なところ、何かをしていなければ、
気が狂いそうでした。


2006年10月。
晴れて翻訳学校に復学しました。
残念ながら翻訳試験での成績の結果、
以前通っていた頃とは1つ下のクラスに入学することになりましたが、
それでも私は満足でした。

夢を実現させるために。
今の自分の存在価値を見出すために。

私は必死の思いで授業に臨みました。


上手くいくと思っていました。
大好きな翻訳の学校です。
きっと楽しく取り組める。

そう思っていたのですが・・・。


結果は惨憺たるものでした。
焦りや不安は消えず、むしろ強くなりました。
担任の先生から返ってくる指摘入りの課題を見るたびに落ち込みました。

こんな簡単なところでミスするなんて。
どうして上手く翻訳できないんだろう。

他にすることのない私は、毎日課題と格闘し、
返ってきた添削を見ては落ち込み、
また課題と格闘し・・・の毎日を送りました。

今思えば、
私の病状はまだ完全には治っていなくて、
何か腰をすえてするには早すぎたのです。
まだまだ心は疲れていて、
何かを必死でやるには余裕がなさすぎたのです。

でも私はそのことに気づけませんでした。

病院の先生は学校にも反対でした。
その学校の厳しさをよくご存知だったことに加え、
診察のたびに暗くなっていく私を見ていては当然のことだったろうと思います。


復学から2ヵ月後、
私はまた悪夢を見るようになり、
眠れなくなっていきました。

あきさんに八つ当たりする毎日。


とうとう学校に通うどころではなくなり、
休学を余儀なくされたのです。


それは私にとって大きな挫折でした。


私は今まで試験というものに落ちたことがありませんでした。
高校も大学も行きたいところに行き、
資格試験でも特に問題なく受かってきました。



私にはもう生きている資格がない。



その思いは以前から漠然と持っていました。
でも、この挫折をきっかけにその思いはより強くなっていきました。


大好きなことも続けられない自分。



またしても焦りと不安は増大していったのです。






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