【モチベーション】



私は死ぬほど弱い人間である。翻訳家になりたいと思いながら、ついついテレビの誘惑に負けてしまったり、学校の宿題が辛いと思ってしまう。壁にぶち当たり、自分には才能がないんじゃないか、と落ち込むこともある。英語の伸び悩みに苦しみ、特に自分より若い人が既に翻訳家、通訳として成功されているのを見ると、自分はもう年齢的に遅いんじゃないかと将来を悲観してしまったりもする。

勉強の仕方は至って普通である。CNN、BBCなどのニュースをディクテーションし、答えあわせをする、通勤中英語を聞く、ラジオ講座を聞く、英字新聞を読む、TOEICや英検の問題集を解くなどして、間違えた問題、知らなかった単語をノートにせっせと書いて覚える、文法の本を勉強する、シャドーイングをする、といったところだ。

「このまま勉強していて大丈夫なんだろうか?」「勉強しているのがしんどい・・・」そう思ったとき、「もうこんなに勉強するのは嫌だ。」「私なんか翻訳家になんて、なれっこない。」という弱い心が顔を出す。これはもう持病のようになっていて、ちょこちょこ顔を出しては、私を悩ませ、苦しめる。

私は決して意志の強い人間ではない。いつもそんな持病に苦しみながら勉強している。「モチベーションを保つ」というのは本当に難しいことだと思う。もし、いい方法があるなら是非知りたいと思う。よく、友人やHPを見てメールをくださった方は「強い人ですね。」と言ってくださるのだが、本人は至って弱気で、むしろ「意志が弱い」人間だと思う。

ただもし、私が「意志の強い人間」という風に見えるのなら、それはもしかしたら「夢を諦めていない」という点においてそう言えるのかもしれない。

どうしても諦められない夢・・・翻訳家になること。
一度は諦めた夢だった。かつての私は人生そのものを諦めていたようなところがあった。人生なんてこんなものだと悲観していた。どうせ結婚もできないし、このまま一人で、そこそこの収入で、天寿をまっとうできればいいや、そう思っていた。「翻訳家?そう言えば昔そんなのに憧れた時代もあったね。昔のことだけどね。夢みがちだったね〜、あの頃は。若かったのよ〜。」そんな感じだった。

夢を諦めないということ。それは案外難しいことなのかもしれない。私は最初から夢がはっきりしていた。カナダに留学すること。そしてゆくゆくは翻訳家になること。思い起こせば、初めて中学で英語を学んだときから漠然と抱いてきた夢だった。外大に入り、在学中に実現するはずの夢だった。なのに、私は実現することができないまま、社会人になってしまった。諦めた時期もあった。でもどこか心の奥底で捨て切れずにいたのだと思う。

遠回りしたかもしれない。もっと若い頃に留学していれば、違う自分になっていたかもしれない。もしかしたもう翻訳家になっていたかもしれない。悔しかった。もっとあの時勉強してれば、もっとお金持ちの家に生まれていたら、もっと頭がよかったら・・・。でもそれはすべて「もし」の話で、「今の私は翻訳家ではない」というのが現実なのだ。

過去に自分がしてこなかったこと、過去に自分が怠けてきたこと、過去に自分が遊んでしまったこと。おバカな過去の自分のせいで、今、夢を実現できないままの自分でいる。本当に悔やんでも悔やみきれない。でも「あのとき遊んじゃったからしょうがないさねー」と、諦めたくなかった。ここでまた将来の後悔を作るのは止めようと思った。3年後、5年後、10年後振り返ったとき、少なくとも「がんばってたよー、私は」と言える生き方をしたいと思った。過去の自分のせいにして、夢を諦めたくないと思った。

親に留学資金を出してもらう人もいる。自分がそんな余裕のない貧乏な家に生まれてきたことを恨まなかったと言ったら嘘になる。むしろ恨みまくった。なんて世の中は不公平なんだろう?どうして私はこんなに一生懸命アルバイトして学費を稼がなければならないんだろう?そんな苦労なく大学に通い、ブランド物を身に付けている友人達を羨ましく思った。そして、自分の境涯を恨まずに入られなかった。恨んで、恨んで、恨むだけ恨んで、私はそこから這い上がることができなかった。抜け出すことができなかった。どんなに自分の状況を恨んでも、どんなに人を羨ましく思っても、状況は変わらない。夢は絶対に実現しない。環境のせいにして、ブツブツ文句を言っても、何も変わりはしないのだ。

人と自分を比べてはいけない。自分には自分の人生がある。自分にしか歩めない道がある。自分が苦労して手にいれたものを簡単に手に入れる人がいる。それでいいじゃないか。自分が欲しいものをもう持っている人がいる。結構、結構。これから私はがんばって手に入れるから。

人がどうか?ではない。自分がどうか?である。

今、自分がどうしたいか?
どんな自分になりたいのか?
今の自分をどう変えていきたいのか?

そう考えたとき、夢を諦める自分は嫌だと思った。夢が実現できるか、できないかは分からない。でも、少なくとも「夢を諦めずにがんばる自分」になろうと思った。なりたい自分になろうと思った。今の不本意な自分のまま、ずっと不平不満を言いながら生きるのではなく、少なくとも不本意な自分から脱出する努力をしたいと思った。それが私にとっては「夢を諦めずにがんばる」ということだった。

誰のせいにもしない、何のせいにもしない。なりたい自分になりたい。

意志の弱い私のモチベーションはそれなのかもしれない。






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