【進級テスト直前】



進級テストに向け、私は猛勉強を開始した。7月からはラジオ講座を開始。睡眠時間が削られるようになった。

テスト2週間前頃から私に変化が現れ始めた。突然訳もなく動悸が激しくなる、夜眠れない、食欲がない。変だなぁとは思ったが、特に気に留めることはなかった。しかし、だんだん疲れがたまってくるのを感じた。疲れているから、眠りたい、なのに眠れない。疲れはとれないまま翌日に持ち越され、会社で1日過ごすのが苦痛になってきた。今だから言えることだが、その時の私はちょっとおかしかった。会社では一生懸命明るく振る舞っていたが、実際はかなり疲れていて、感情の起伏が大きかった。あきさんにも「疲れているみたいだね。ちょっと休んだ方がいいよ」とか「今日はラジオ講座テープにとって明日聞くことにして、早く寝た方がいいよ」とか言われていた。でもできなかった。意地・・・というよりは、何かに追われるような感じで勉強していた。これをしなければ進級できない。ここでさぼったら進級できない。これをしなければ寝てはいけない・・・。
疲れているのに勉強して、また疲れて、無理矢理勉強して・・・という毎日を繰り返した。今から思えば随分効率の悪いことをしていたと思う。覚えたはずの単語はさっぱり頭に入っておらず、ラジオ講座もどこか集中力を欠いていた。唯一学校での授業だけはしっかり受けられていたが、それは周りに人がいて、先生がいる、「家ではない外」にいたからだと思う。

中学の頃から母に「勉強しすぎなさんな」といわれてきた。テストが終わる度に熱を出す私を、母はいつも心配していた。私は休息の取り方を知らない。これをやると決めたら、休んだり、一息ついたりすることは、「サボった」「手を抜いた」と思ってしまう。昔から「健康管理も勉強のうち」と言われ続けてきたが、今でもそれはあまり改善されないままでいる。私の悪いところだ。今回はテスト前に心と体が疲れて「休ませて欲しい」と訴えていたのかもしれない。

7月18日。とうとう限界が来た。自分でも少しおかしいかもしれない・・・と思った。でもそんな風に気づけるうちはまだ大丈夫、とも思った。この日本当は夜実家に帰省予定だったが、予定を繰り上げてお昼に帰省することにした。会社を休み、学校も休むことにした。あきさんも母も賛成してくれた。ずっと私の側にいて、私のおかしさに一番気づき、何とか元気づけようとしてくれていたあきさんは「それが一番いいよ」と、笑って送り出してくれた。ありがたかった。

実家に帰って、私はのんびり過ごした。ご飯の心配をすることもなく、洗濯や掃除のことも考えず、ただ自分のしたいことをして、疲れたら眠って、大好きな家族と猫たちに囲まれて過ごした。勉強道具も持って行っていたが、結局一度も使うことはなかった。
可愛い猫たちのために、猫砂の代わりの新聞を細かく千切っていると、心が休まった。テレビをぼんやり見ながら、何を考えるでもなく、ただ黙々と千切り続けた。そう言えば昔から編み物のようなコツコツと同じような動作を黙々と続けてするのが好きだったよなぁとぼんやり思った。そんな風に単純作業を何も考えずに続けることで、ストレス解消になっているのかもしれない。

関西に帰る前日になって始めて母の手伝いをした。そういう心の余裕ができたのだと思う。手伝いたい、手伝ってお母さんにちょっと楽させてあげないとと思った。

帰る日はとても切なかった。今まで帰省して一人暮らしの家に戻るのにこんなに辛いと思ったことはない。寂しさを紛らわそうと、ぎんちゃんを抱っこしたり、寝ているのを起こしたりして、落ち着かない時間を過ごした。また少し動悸が激しくなった。帰りたくないと思った。でも時間は刻々と迫ってきて、私は予定通りバスに乗り、関西に帰ってきた。

駅にはあきさんが迎えに来てくれた。
「ゆっくりできた?」
「うーん、あんまり」
少し顔を曇らせたあきさんと一緒に関西の街を歩き始めた。今私が住んでいる街。実家とは違う、時間の流れの速い街。道行く人の歩くスピードも、ビルの高さも、車の数も、空の色も全く違う都会。田舎モノの私はちょっと忙しすぎるのかもしれない。
でも・・・「またがんばろう」と思えた。本当はまだ実家にいたかったが、こちらに帰ってきてしまえば、何とかやっていけそうだと思った。完全復活!というわけではないが、軽快くらいまではよくなっているように思う。

語学力、学校といった問題とは別に、私には精神的コントロールに関する問題がある。休みの取り方を知らず、追いつめられた自分をコントロールしきれない。バランスが取れないということかもしれない。結局そのために最後まで勉強しきることができなかった。進級テスト前最後の数日を何もせずに過ごすことになってしまった。その数日に関して「勉強すればよかった」とは思わないが、そうせざるおえなくなるまで、自分を追いつめた自分については、きちんと見直し、これからどうすべきか考えなければならないと思う。マラソンでたとえると、私はゴールに向かって最初から全力疾走するタイプだ。それは全くいいことではない。なぜなら、途中で必ず疲れて、倒れて、ゴールに辿り着くことができないからだ。例え倒れて、休んで、ゴールしたとしても、多分ペース配分をきちんと考えて走ってきたランナーより速くゴールすることはない。一流のマラソンランナーは決して私のような走り方はしない。

私のゴールははっきりしている。そのゴールに向けて、着実に歩んで行くためにも、もっと自分自身をうまくコントロールし、時にはうまく付き合っていかなければならないと思う。






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