【進級】



新しいクラスは、事務の方がおっしゃっていた通り、レベルも意識も高いと感じた。レベルについてはクラスが1つ上がったのだから当然のことであるが、意識について言うと、例えば「このページの単語を全部覚えてきてください」と言われるとする。前のクラスでは、1/3の人がきちんと覚えられていなかったり、CEOのような略語は略語しか覚えてきていない人がいたりした。新しいクラスでは課題の単語を覚えてこない人などいない。答えられないということがない。略語はもちろん、フルでも覚えてくるのが当然といった雰囲気である。時にはずっと前に覚えた章の単語を抜打ちでテストして欲しいという人がいる程である。宿題は「してくるもの」ではなく、「やり混んでくるもの」という感じなのだ。どこにもダレた意識がなく、緊張感がある。みんな一生懸命やってくる。休む人もほとんどいない。正直、こちらのクラスの方が私には合っている・・・と思った。レベルがどうこうという問題ではなく、英語に対する皆の姿勢が自分自身と同じように感じられたのだ。また、いい刺激でもあった。

新しいクラスメイトはほとんどが年上である。定年退職して通訳を目指している人もいる。子供がある程度大きくなって、自分の生きがいとしてがんばっている人もいる。私と同年代の人の多くは、留学経験があり、もっと英語力を伸ばしたいと来ている人々だった。

カナダの学校にいたときからそうだったが、私はどこに行っても「まじめな生徒」と言われてきた。宿題はきちんとする、授業は一生懸命聞く、先生に質問をする、妙にがんばっているといった態度がそういう印象を与えていたのかもしれない。しかし、今のクラスでは私のそういった態度は当たり前で、むしろもっとやってきている人もたくさんいた。定年退職して通っているオジ様などは、文法マニアとも言うべき細かさで、ボキャブラリーも豊富である。宿題で出された読み物についての質問は「これは副詞ですか?形容詞ですか?」「この熟語は○○と言い代えても大丈夫ですか?」「ここのtoの使い方はあまり見かけませんが、どういうtoなのですか?」といった具合である。またフリーターをしている青年は、アルバイトをしているのは土日のみで、平日はすべて英語の勉強に充てているのだという。彼はいつもクラスメイトの誰一人として訳せなかった文章をスラリと訳してくれる。

授業に行く度にレベルの高さを痛感する。同時に自分のレベルの低さも実感する。しっかりと勉強しているらしいクラスメイトを見るにつけ、どんどんレベルの差がついていくようで、苦しかった。

そんな時、次の進級の話を聞いた。今私のいるレベルから1つ上のクラスに上がるのは大変難しいのだという。前述のオジ様も青年も前回進級できなかったのだという。
「でもホントに実力のあるヒトはすんなり上に上がっていくんだよね。」
という話も聞いた。
愕然とした。私にとってレベルが高いと思っているクラスメイトでさえ、進級できなかったというのだ。それでは私など夢のまた夢ということになってしまう。

正直かなり落ち込んだ。せっかくこのクラスに進級できて、時間もお金も節約できた!と喜んでいたのに、このまま行けば絶対進級できない。また時間とお金をかけて同じコースに通わなければならなくなってしまう。進級できた意味もなくなってしまう。何よりも「進級できないレベルである自分」であることが辛かった。

英語の上達は目に見えるものではない。また、そうそう簡単に感じられるものでもない。それはカナダ留学中にも経験したことで、誰よりも分かっているはずのことだ。前回も「私の英語力は全然進歩していないかも・・・」と相当落ち込み、落ち込みながら勉強し、もがき苦しんだ。しかし、英検準1級を受けたとき、はっきりと進歩を感じることができた。留学前、必死に勉強してあと一歩合格点に及ばなかったものが、留学後はいつも通りの勉強で楽々合格できたのである。
ああ、私の英語力は知らない間にこんなにも上達してたんだなぁ、と嬉しく思い、またほっとした。
今またかつてと同様の壁にぶつかっている。進歩が感じられない。このまま勉強し続けてももう上達しないのではないかという不安が、恐怖が心のどこかにある。暗く、長い、先の見えないトンネルを歩いているような気持ちだ。ただただ辛くて苦しい道のり。前回とはレベルが少し上がっているのが違うだけである。

約3週間、私は日々の課題をこなし、通学しながら悶々とした日々を過ごした。授業は一生懸命受ける。課題も必死でやっていく。でも、心のどこかにいつも不安があって、落ち着かなかった。

そんな心の内を、ふとあきさんに話す機会があった。あきさんは言った。
「しーちゃんがやりきった!って思うくらいのぺースで勉強しつづければ大丈夫だと思うよ。」
たった一言だった。でもこの一言で私の心にふと光が射しこんだ。先の見えないトンネルに、一筋の光が射しこんだ。自分では見えなかった光。それをあきさんが与えてくれた。もしかしたらそれは幻かもしれない。ひとときの気休めだったのかもしれない。たとえものすごくがんばったとしても、進級できない可能性も十分にある。それでも、多分和私は、藁にもすがる思いだったのだと思う。自分ではその幻すら、気休めすら見出すことができなかった。ただただ暗く冷たいトンネルの中を一人とぼとぼと歩いていたのだと思う。それがあきさんの一言で世界が一変した。つくづく私という人間は単純だと思う。それでも、その一言を機に、私の中で何かが吹っ切れたことは確かだった。「やるだけやってみよう。それでもし進級できなかったら、その時だ。」そう思えた。

すっかり前向きに勉強できるようになった私に、あきさんはもう一つうれしい約束をしてくれた。

「もし、TOEICで900点以上取れたら、ずっと欲しがっていたヴィトンのお財布買ってあげるね。」

私の勉強意欲が倍増したことは言うまでもない。






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