【学校開始】



学校が始まった。週2回、1時間45分の授業である。仕事をしながらの通学は、正直、楽ではない。

上司に話して、学校がある日は定時で帰らせてもらうことにした。定時に終って、バスに飛び乗り、授業開始15分前に着く。15分の間に朝握ったおにぎりを二つ頬張り、授業の準備をする。大体は宿題の単語テストの最終チェックや、リーディングの訳出チェックである(先生の方針で訳をノートに書き出すことは禁止されているため、口に出して訳すだけである。きちんと訳が分かっていないと、読む度に訳が変わってしまうため、何度も読み返して、訳出し、意味を考える・・・という作業を繰り返している)。

6時30分から授業開始。どんなに仕事で疲れていても、どんなに寝不足で睡魔と闘った日でも、授業中は一度も眠くなったことがない。その辺は自分でも非常に不思議なのだが、自然と集中して授業に取り組んでいるのだと思う。

授業は火曜日がリスニング、木曜日がリーディングで、先生も違う。リスニングの授業では、宿題で出ていた単語チェック、文法、ディクテーション(毎週宿題で出されるものと、その場で始めて聞かされるものがある)、聞き取った文章を訳したり、それに関する関連記事を読んだり、日英又は英日の逐次通訳などをする。私がもっとも苦手とするのは、その場で初めて聞かされるテープのディクテーションである。ネイティブでない私にとって、声が小さい、スピードが速い、周りに雑音が聞こえる等というだけで、聞き取れなくなってしまう。宿題で出されるディクテーションは、聞こえなかった部分を何度も何度も聞き直す。100回聞いて聞き取れなくても、200回聞けば聞き取れることが稀にあるため、とにかく聞いて、聞いて、聞きまくる。通勤電車の中で、お昼休みに、歩いている時に、お風呂上がりに・・・何度も聞いてみるのだ。また、少し間を開けて聞くと、今まで聞こえなかったものがフッっと自然に聞こえてくるという不思議な現象も起こったりして、とにかく、宿題が出来上がるときにはある程度「聞き取れない部分」は減っている。だが、その場で聞いて、ハイ何と言っていましたか?といわれると、できない。悔しいけれど、私の英語力はやはりまだそのレベルなのだと痛感する一瞬である。

リーディングの授業でもディクテーションの宿題が出ていて、こちらはリプロダクションというのをする。聞き取ってきたトピックの回答が渡され、チェックする時間が3分ほど与えられる。その後先生がテープをかけ、どんなに長い文章でも復唱させられる。家で宿題としてしなければならないのは、単にディクテーションしてくるだけでなく、どの文章を何度も聞いて、再生(リプロダクション)できるまで聞き込むことも含まれるのである。その他、文法、通常のリーディング(和訳)をする。

どちらの授業も、授業中にもちろん新しいことを習うが、その他に宿題でやってきたことの確認作業というのも重要となっている。宿題をしてこなければ、授業についていけないし、宿題として課されているのは、ちょこちょこっとやれば済む、という類のものではない。ある程度きちんとこなそうと思えば、土日のどちらかは宿題に充てるようにしなければ、終らない・・・という量である。それを多いと思うか、少ないと思うかは人次第なのだろう。

私自身にとっては、それ程多い量ではない。カナダ留学中に行っていた学校はその日のうちには眠れない程の宿題量で、かつ、毎週金曜日にテストがあるため、木曜日の睡眠時間は2、3時間というのが常であった。そのため、そう感じるのかもしれない。しかし、当時と今は環境が違う。現在の私は働いていて、普段は残業のため、帰ってくるのは9時前である。一人暮らしであるため、こまごまとした家事も一人でこなさなければならない。留学当時のように、学校へ行くだけで、ホストマザーが何でも用意してくれていて、仕事もする必要もない・・・という状況とは全く違う。そういう環境的変化を考慮に入れると、今の私にとっては丁度いい量なのかもしれない。かなり計画的にやらないとこなせない量ではある。もしこれが留学中のように、睡眠時間を削って・・・までになると、仕事をしている以上、続けていくのは難しいかもしれない。私の中に、どこかそのくらいまで自分を追い込んでした方がいいかもしれない、したい、という気持ちがないわけでもないが、現実問題としてそれは難しいのかもしれない。

今のところの影響としては、友達にメールを書いたり、一緒に遊びに行く時間がかなり減ってしまった・・・というより、ほとんどなくなってしまったといっても過言ではない。それでも、ある程度目途が立つまでは、涙を飲んでがんばり続けようと思う。多分、今何かをがまんしてがんばらなければ、一生このまま終る気がする・・・。






TOPページへ