【正社員】



2007年1月−。

前年の9月に精密機器メーカーの派遣社員を期間満了ということで退職した私は、次のお仕事を探し始めることにしました。カナダから帰国して約4年半。翻訳家になりたいという思いを胸に必死で突っ走ってきました。派遣社員を選んだのは、翻訳する分野を探し、特化するため。派遣社員なら比較的身軽に様々な業界を経験することができると思ったからでした。

でも・・・。

派遣社員には色々と厳しい現実もありました。契約期間が長くても3年であること、福利厚生が正社員ほど整っていないこと、社内での「使い捨て」のような扱い・・・。
製薬、医療機器、精密機器と様々な分野の派遣社員を経験してみたけれど、少なくとも私がいた会社では、そういった状況に大きな違いはありませんでした。

そろそろ正社員として働いてみようか・・・。

そんな思いが芽生えました。翻訳する分野が一つにしぼられたわけではなかったけれど、より安定した生活を送るため、「使い捨て」ではなく、やりがいを持って仕事をするため、正社員として働くことを視野に入れてみよう、そう思ったのです。

思い立ったが吉日。

早速動き始めました。まず手始めに、リクナビとJAC Japanという大手仲介業者に登録へ行きました。ハローワークなどでは扱っていない案件もたくさん取り扱っており、友達の中にそういった仲介業者を介して正社員への転職を成功させた人がいたからです。
登録は派遣会社への登録とほぼ似ており、簡単でした。ただ、違っていたのは、スキルチェックがなかったこと。その代わりに希望年収や細かい希望条件、その他退職理由などを聞かれました。私の希望は医薬系メーカーでの英語を使ったお仕事。今まで働いてきた中で、最もその世界の英語に親しんできたからでした。そんな私の希望を元に、早速お仕事が紹介されました。いくつか気になるものをピックアップし、書類選考に応募しました。

すべてがうまく行っているように思えました。案件は多くはなかったけれど、すぐに紹介してもらえましたし、書類選考にまで進めました。後は選考結果を待って、面接を受けるのみ。その日はすぐにやってくるかに思えました。でも、現実はそんなに甘くはなかったのです・・・。

書類−履歴書と経歴書−は出しました。でも通らないのです。出しては落ち、出しては落ち・・・その繰り返しでした。派遣社員のときはこんなことはありませんでした。書類選考そのものがあったかどうかも分からないほど、希望すればすんなり入社することができました。でも正社員の場合は全く違う・・・。不合格理由は様々でした。転職回数が多いから、他に適任者がいたから、スキルが高すぎるから(!)etc. 「残念ながら次のステップに進むことができませんでした」というメールを何通も受け取りました。もちろん、すぐに決まると思っていたわけではなかったけれど、こう落ち続けてはさすがにあせりました。

このまま決まらないんじゃないか・・・。

そんな思いが頭をもたげ始めました。「働きたい」という希望はあるのに、通らない。悶々とした日々をすごしました。

そんな時、派遣ではあるけれど、製薬会社で働いてみませんか?という連絡が入りました。迷いましたが、派遣で働きながら正社員への道を探るのも悪くない。そう思いました。


2007年2月−。


某大手製薬メーカーに派遣社員として入社することが決まりました。正社員の職とは違い、面接を受けた時点で「すぐに来てください」というお返事をもらうことができました。就職するにあたって派遣社員の方が入りやすいという印象は更に強くなりました。

この製薬メーカーでは翻訳のお仕事がメインでした。海外から導入する医薬品に関する翻訳のお仕事。以前製薬会社で働いた経験が生き、溌剌と業務をこなすことができました。このまま派遣社員として働くのも悪くない・・・そんな思いにかられなかったと言ったら嘘になります。しかし、派遣社員の雇用期間は最長で3年。会社によっては正社員への登用がある場合もあるようですが、私がいた製薬会社でそういった前例はありませんでした。3年で期間満了。退職しなければならなかったのです。3年経ったらまた職を探さなければならない・・・。派遣社員に安定の文字はありません。やはり正社員での就職を探し続けることにしました。

しかし、季節を追うごとに正社員の募集は少しずつ減っていきました。いくつか応募してはみたものの、やはり書類選考で落ちる日々。春・夏にかけては求人自体が少なくなるそうで、実際、4月から9月にかけてはほとんど活動休止状態となりました。7月には登録していた仲介業者のうちリクナビの契約が終了となり、残るはJAC Japanのみとなりました。

本当にもうだめなのかもしれない・・・。

くじけそうになる自分に叱咤しながら、祈るような気持ちで求人を探す日々が続きました。


2007年10月−。

この頃から求人が増え始めました。CROやジェネリックメーカー、製薬会社からの求人が続々と集まり始めたのです。英語の使用頻度や通勤のしやすさ、年収をチェックして、希望に合う会社に応募しました。そして、書類選考に合格する会社が少しずつ出てくるようになりました。やっと次のステップに進める・・・。そうして何社か面接を受けました。


が・・・。


今度は面接で落とされる日々が続きました。理由はどこも同じ・・・製薬メーカーでの経験があっても、医療系の資格がないこと・・・でした。薬剤師や看護婦、医師・獣医師などの資格がなければ圧倒的に不利な世界だったのです。やっと口頭内定をもらえた某CROでは、「社長のコネの人が入ることになったから」という理由で、内定を取り消されたこともありました。また、英語を使うとは言っても、翻訳をメインにした求人はほぼ皆無で、多くが「英語は使うけれど、あくまでもそれはツールとしてで、メインではない」というものばかりでした。

私は一体どんなお仕事がしたいのだろう?

少し頭を冷やして考えてみました。いえ、考えるまでもなく、答えは一つでした。「翻訳に特化したお仕事がしたい」これに尽きました。ツールとしてではなく、英語をメインに使うお仕事・・・翻訳・・・がしたかったのです。
ありがたいことに、私を担当してくださっていた仲介業者の担当者様はとても親切で、私の相談によく乗ってくれました。今まで医療系メーカーでのお仕事をメインに活動してきたけれど、私が本当にしたいことは翻訳で、できれば翻訳に特化したお仕事がしたい。業界はできれば医療系がよいけれど、それに固執することなく、様々な分野の求人を見てみたい・・・そんなことを話しました。もちろん、今までの職歴を見てみると、圧倒的に製薬メーカーでの勤務歴が長く、自分としても英語に関して少しは自信の持てる分野でした。でも、面接を受ける中で、資格を持っていないハンディも感じました。このまま医療系にしがみついているよりも、他の世界に幅を広げてみるのも悪くない、そう思うようになっていったのです。広げてみてやっぱり駄目ならまた考えればいい。そんな駄目元の気持ちもありました。


2008年1月−。


正社員での求職活動を始めて1年が経ちました。派遣社員としての製薬メーカーでのお仕事は順調で、毎日翻訳に囲まれて幸せな日々を送っていました。これで正社員であれば一生働き続けてもいいと思えるくらい恵まれた環境でした。でも、正社員ではないのです。私は私の道を切り開いていく必要がありました。
他の世界に幅を広げてみてからは、以前にも増して求人が増えました。ただ、英語を使ったお仕事というのは人気があるそうで、競争倍率も高いとのことでした。

2008年に入り、2週間が過ぎた頃、2つの会社の書類選考に合格し、面接を受けに行きました。どちらも医療系メーカーではない会社でした。翻訳コーディネーターでの採用枠と、翻訳担当者の採用枠。翻訳コーディネーターの採用枠は倍率6倍。翻訳担当者の方は面接の他に翻訳試験があり、倍率も十数倍とのことでした。仲介業者の方いわく、英語を使ったお仕事をしたい人は多く、どうしても競争倍率は高くなってしまうのだそうです。

こちらの世界も厳しい・・・。

でも、ここでひるむわけには行きません。精一杯の力で、面接に臨みました。今まで医療系メーカーで面接を受けてきた経験から、自分の中で様々な質問に対する考えがまとまり、スムーズに受け答えできたように思います。

結果は両方とも合格でした。2次面接はなかったので、両方とも私が行きたいと言えば内定ということになります。驚きました。方向性を少し変えただけで、この効果。どちらにしても異業種への転職となりますが、やりたいのは翻訳。翻訳担当者枠で合格した会社を選ぶことにしました。

その業種はソフトウェア開発です。海外へ輸出するにあたって、マニュアル翻訳担当者が必要ということで採用したそうです。全く新しい分野を取り扱っていることから、外注に出しても専門家がおらず、なかなかいい翻訳があがってこないため、それならばいっそのこと社内で育ててしまおうというもくろみだったのだとか。異業種への転職という点については、文系出身ながらも(外語大出身です)、理系分野での翻訳経験が長く、TOEICの点数も合格基準を満たしていることから、採用に至った、とのことでした。

こうして、遂に翻訳担当者として、正社員の職を得ることができました。派遣社員で翻訳担当者という今までのステータスから一歩前進というところでしょうか。これから先、この会社でずっと勤め続けるか、フリーの翻訳家として独立するかは分かりません。とりあえずは何年かこの会社に勤め続ける予定です。吸収できることをしっかり吸収して、立派な翻訳者になれるよう、これからも日々精進していきたいと思います。


(2008.3.14)






TOPページへ