どうして節約するのか?



 もともと私の家はそんなに裕福ではありませんでした。そのため、電気をこまめに切る、歯磨きの時、水を出しっぱなしにしないなど、基本的な節約は、ある程度自然と身についていたように思います。
 そんな私が本格的に節約に目覚めたのは大学に入ってからでした。県外の大学に進学した私は生まれて初めて、料理、洗濯、掃除など、生活のすべてを自分の責任においてすることになったのです。それはとってもエキサイティングなことでした。自分のやりたいようにできる!そのかわり、買い物に行っていなければ、冷蔵庫には何も入っていないし、ほったらかしにしていれば洗濯物はすぐ山積みになってしまいます。自分がやったらやった分だけ、やらなかったらやらなかった分だけ、きっちり結果となって返ってくる。さぼっていれば、自分の生活が脅かされることだってあるのです。ちょっとスリリングなこの感覚はすっかり私をとりこにしてしまいました。18歳にして、主婦向けの雑誌を読み、節約や効率よく家事をこなす方法を研究する日々でした。懸賞にもこの頃目覚めました。応募した葉書が忘れた頃に商品となって返ってくる・・・その商品の包みを開けるときのドキドキや、毎日ポストを見る楽しみが、すっかり私をとりこにしたのです。
 大学1年生の10月には、家からの仕送りもなくなり、完全に独立家計となった私は、学校とバイトを往復する毎日を送ることになりました。そうして4年間。長かったような、短かったようなこの間に、私は自分なりの節約術を身に付けていました。限られたアルバイト代の中から授業料と生活費を捻出し、がんばり続けた日々。そして大学4年生になってからは、来るべき卒業後の新生活に向けて、着々と準備を進めていました。大学の寮で4年間を過ごしたため、冷蔵庫や掃除機、その他電化製品から、敷金礼金など、貯めておく必要があったのです。貯金のため、今までよりも節約生活に拍車がかかりました。しかし節約を優先するあまり、栄養不足になってしまっていたようです。身長162センチで体重は40〜42キロくらいでした。そして体には相当な負担がかかり・・・。結局、もともと弱かった気管支がダウン。4年間の節約の成果はすべてパーになってしまいました。

  実家に戻った私は、ぬくぬくとした環境の中で、少しずつ健康を取り戻し、元気になっていきました。働き始めたので、自分の自由になるお金も随分増えました。あまり節約のことも考えなくなっていましたし、その必要も見あたらなくなっていました。家はやっぱり決して裕福ではなかったけれど、食べることには困りませんでした。
 そんなある日、現在の彼氏、あきさんと出会い、遠距離恋愛が始まりました。交通費・電話代・デート代。どれをとっても普通の恋愛に比べると随分お金がかかります。特に寂しがりやの私は、毎日Eメール、Pメールから始まり、週1回程度の長距離電話。時には手紙がないと、すぐ不安になったりしていました。しかも、遠距離恋愛を始めた当時は、関東−四国に離れていたので、交通費は一番安い夜行バスでも往復2万円もしました。時間・費用もかかるため、会えるのはがんばっても月に1回程度。この状況だけでも、続けていくのは困難だらけに思えまました。
 それでも「身近な人の方がいいや。」なんて思えない程、大好きになってしまったからしょうがありません。少しでも多くの時間声を聞いていたい。少しでもたくさん会いたい・・・。そのために、できるだけ普段の生活費を抑え、お金を貯めることを決意しました。月に2万円以上服を買っていたのをやめ、安く電話がかけられる割引プランを探し、ガソリン代節約のために自転車で通勤。第二次節約生活が始まりました。
 そして2000年。長年の夢だったカナダの留学の準備を始めることになりました。留学には多額の費用がかかります。毎月のお給料から一定額を貯金していくことになり、ますます節約生活に拍車がかかりました。

 節約する理由は人それぞれだと思います。趣味の車にお金をかけたい、マイホーム資金をためたい、子供の教育費のため等等。
「遠距離恋愛と留学」
大好きな人と一緒にいたいし、自分の夢をかなえたい。私が節約する理由はこの2つです。ときどきお金がなくて落ち込むこともあるけれど、自分がやりたいことのためにやっているのだから、がんばろう!と思っています。そしてケチケチがまんばっかりでは暗くなってしまいます。そして、どうせなら楽しもう!そう思ってこのHPを立ち上げました。どうぞみなさん楽しんでいってくださいね。(^^)


カナダから帰国後・・・

 夢だったカナダ留学を果たし、遠距離恋愛も無事終了。もう節約生活する必要はなさそうなのですが、実は新たなるハードルがあって、まだ節約生活を続けることになりそうです。
 その理由の1つは「今まで買わなかった必需品の購入」。他に何て表現していいのか分からなかったので、ちょっと変な言い方になっちゃったのですが、色々買わなければならないものがあるということです。約1年半の留学中、ほとんどお買い物らしいお買い物をしなかった私。服も下着も靴もバッグも、何もかもほとんど全部が1年半以上前に買ったものばかりです。しかも1年半前だって留学資金をためるために節約生活していたので、実際に私の持っているもののほとんどって「2年モノ」「3年モノ」なんてまだまだ若い方で、ほとんどがそれ以上前に買ったもの。服の中には今でも十分着られるものもありますが、消耗品はかなり無惨な姿。靴も鞄もキズだらけです。カナダにいる間はその辺、割り切って考えていたのでよかったのですが、日本に帰ってきてからはそうもいかなくて、毎日タンスの中を見ては「は〜」、洗濯物をたたんでは「は〜」とため息をつく毎日です。せめて人に見られても大丈夫な品揃えにしたい!でも数年間ほったらかしにしていたので、結構総とっかえしないとどうにもならない状況。1つ1つはそれほど高いものではないけれど、積もり積もると結構な値段に・・・。そんな訳で、少しずつ買いそろえて行こうと思っています。それらを買いそろえていくために、他の部分でがんばって節約が必要かな〜という感じです。
 理由2つめ。これが節約の1番のりゆうなのですが、「借金返済」です。大学時代、貧乏だった私は日本育英会の奨学金を借りていました。奨学金と言っても、4年間借りたその総額約200万円!結構大きいです。幸い無利子なので、これ以上増えることはないのですが、1日も早く返してしまいたい!更に日本育英会には「報奨金」の制度があるので、早く返せばお得もついてくるし・・・。あと、私の両親の知り合いで、ご夫婦共々奨学金をもらっていたという方がいて、子供が大学に入る・・・という時になって、まだ自分たちの学生時代の奨学金を返済している・・・という話を聞いたんです。なんだかなぁ〜と思いました。奨学金は確かに無利子だし、一月の返済額もそう大きいものではないから焦る必要はないけれど、やっぱり早く返せるならそれに越したことはないなぁと思います。
 そんなわけで、再び節約生活を始めることにしました。今までとは全然違う理由ではありますが、これからも節約生活がんばっていきますね〜。よろしくお願いします。


2002年10月28日


節約と翻訳家への道のり

OL生活も半年が経ち、大分家計も軌道に乗ってきました。お仕事に慣れるにつれて残業も増え、少しずつだけど、大好きな洋服や化粧品も買えるようになってきました。

そんな中、翻訳家になることを決意。その第一歩として、翻訳学校へ通うことにしたのです。お月謝は決して安くありません。留学でスッカラカンになっていた私は当然、ローンを組んでの通学になります。正直、ローンを組むことには大変な抵抗があったのですが「できるなら早い方がいいよ」という、あきさんの言葉に後押しされ、覚悟を決めました。

学校に行き始めれば、当然残業できる時間は減ります。ローンには何%かの金利がついているので、利息分だって払っていかなければなりません。その上、偶然なのですが、延納期間が終了するため、奨学金の返済も始まります。お給料は減るのに、合計で毎月約*円の出費増となるのです。これを乗り切るにはやはり節約しかありません。
今までもずっとがんばってきましたが、これからはまた新たに「自分の夢のため」にがんばって節約していきたいと思います。
まずは住宅ローンのように、学費の「繰り上げ返済」を目標にがんばりたいと思います。


2003年4月


失業生活

転職して、始業から終業まで翻訳に関する仕事をさせてもらえるようになり、結婚して主婦業もちょっとは慣れてきて、学校も進級できなかったり色々ありましたが、翻訳家へ向かって一歩一歩歩みを進めてきました。節約も学校の授業料をローンではなく支払えるようになり、保険も月払いから年払いへと移行することができました。何もかもが少しずつ上手く進み始めていた矢先、うつ病と診断されました。1ヶ月会社を休んで休養するよう、医師に言われ、診断書を会社に提出したところあっけなくクビに。失業生活が始まりました。いろんなことにがんばってきたつもりだったけれど、自分の心や体の疲れを無視して、ただ突っ走るだけだったのがいけなかったのだと思います。人間には必ずどこかで休養が必要なのだと思います。42.195kmもの距離を走るマラソンのランナーだって、最初から最後まで全速力じゃなくて、ちゃんとペース配分をされているんですよね。

収入がなくなったのはとても不安なことだけど、毎日小さなことからコツコツ節約して、とにかくまずは出ていくお金をセーブすることからがんばりたいと思います。
失業生活を送るしーちゃんの超節約の始まりです。

2005.11.10


新たなる節約生活

失業生活に終わりを告げ、2006年2月から、某精密機器メーカーに社内翻訳者として勤め始めました。派遣社員という形態での就業でしたが、時給は今までで一番高くなり、翻訳の幅も広がりました。この会社は契約満了に伴い、2006年9月末で就業終了。予定より翻訳が早く仕上がったために予定より3ヶ月早い契約終了となりました。翻訳者としてはいいことだったのかもしれませんが、再び失業。うつ病も不安定で、毎日ぼんやり過ごす日々となりました。翻訳家への道のりも中途のまま頓挫。とりあえず治療に専念することとなりました。遠距離恋愛をしていたあきさんとは結婚2年目となり、毎月あきさんから10万円をもらって生活費をやりくりする日々。どこにも出かけず、勉強もせず、ただただぼんやりと毎日を過ごしました。

2007年2月、再び某製薬メーカーで社内翻訳者として就業することになりました。今までの製薬メーカーや医療機器メーカーでの経験が買われ、年収も今までで一番多くなりました。2007年2月には留学資金を借りていたM社への借金約25万円を完済。続いて2007年7月には目標だった奨学金の完済(約127万円)を実現。10年3ヶ月分を繰上げ返済することができました。あとはA社への返済約200万円を残すのみとなりました。利子はつかないため、焦ることはありませんが、できるだけ早く返済したいと思っています。年収が増えたことで気持ちの余裕はできましたが、だからといって、財布の紐を緩めるつもりはありません。しっかり節約して、1日も早くA社への借金を返済するつもりです。そのためには1日1日しっかり働いて稼ぎ、日々の生活の中で節約できるところはきちんと節約する、という基本を守りたいと思います。

借金返済を目指すしーちゃんの節約生活再スタートです!


(2007.7.26)






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